ちょいと むかしばなし
2010-07-11T16:34:29+09:00
macransa
ふと思い出した昔話を 書き留めるBLOG
Excite Blog
浅草松屋/屋上のパラダイス
http://macransa.exblog.jp/10767442/
2010-06-07T23:18:00+09:00
2010-07-11T16:34:29+09:00
2010-06-07T23:18:48+09:00
macransa
その他
5月31日、松屋デパートの屋上が閉鎖された。その昔、下町浅草は娯楽の中心。仲見世、見世物小屋、花やしき、新世界、演芸場、映画館・・・そして松屋デパート。(そう言やぁこんなマークでやんしたねぇ)
毎日必死で働いている家でもたまに母親がデパートに連れて行ってくれた。月に一度の特売日だったのか分からないが、しばらく戦争のような買い物に我慢していると、まずは大食堂へ。ショーウインドウを一瞥しテーブルに付く。頼むのは決まってホットケーキだ。贅沢に乗ったバターの香り、添えられた小さい蜜の入れ物。そして家には無い本物の銀食器の輝きと重さ。どれもが胸をワクワクさせた。床に足もつかない子供ゴコロに、ナイフとフォークを使いこなす大人を夢に見た。(しょーもない夢を見てやんしたねぇ、あっしなんざ忍者になろうと思ってましたぜ)
そして屋上に上がる。扉を開けると、賑やかな声と共に鳥や釣り堀の匂いが飛び込んでくる。遊園地と小動物、正に屋上のパラダイス。電気自動車にティーカップ・・・端から端まで全部乗りたい気持ちをグッと押さえて無我夢中で遊び回りながら、ふと見渡せば、金網の向こうには代わり映えしない街並みがどこまでも続いて見えていた。遮るものの無い、頂上がデパートの屋上だった時代の薄ぼんやりした風景。東京オリンピック以前の下町。
あの頃、屋上の鉄の扉は子供たちにとっての楽園のドアだった。ワクワクしながら押した重い重いドア。
閉鎖前の様子を記録してくれた人に感謝
松屋浅草屋上遊園地 閉園 スライドショー
PS. この稿はある方から画像と共にリクエストを戴き数年ぶりに書いたものです。放ったらかしのblogをまだ覚えていて下さる方がいた事に感激。懐かしいことはどの年代にもあり、増えてゆくことも知りました。]]>
これまでの目次-その3
http://macransa.exblog.jp/10791318/
2010-06-06T22:43:00+09:00
2010-07-11T16:07:57+09:00
2010-06-11T22:47:51+09:00
macransa
未分類
038 八千草薫/おでこの理想
039 ゼンハイザー/ファーストクラスのヘッドフォン
040 下町の味/ツバサソース
041 タイガー計算機/コンピューターの手前
042 早野凡平/帽子芸の見事
043 ルビー・ブラフ/トランペットの境地
044 マツダ・キャロル360/ミニなリムジン
045 原田泰夫/将棋界の背筋
046 山下毅雄/CM曲の緊迫
047 いつかはオルトフォン/垂涎の針先
048 星影の小径/歌謡曲のクール
049 マニュアルのカルチャーショック/Macintosh SE/30
050 柳家小三治/十代目の自負
051 最速の有人飛行機/X-15
052 ローゼンタールのスオミ/緩やかな時間
053 日の丸飛行隊/判定の公平
054 マランツCD-34/CD時代の先兵
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これまでの目次-その2
http://macransa.exblog.jp/10791210/
2010-06-06T22:20:00+09:00
2010-07-11T16:07:46+09:00
2010-06-11T22:31:49+09:00
macransa
未分類
019 ジョンとメリー/ニューヨーカーの当惑
020 ジャッキー・スチュワート/F1のデッドヒート
021 高浜和秀の仕事/マンティラの優雅
022 仙崖和尚/高僧の遺掲
023 タンノイ・バークレー/同軸2ウエイの安らぎ
024 小沢昭一的こころ/AMラジオの長寿
025 式場壮吉とポルシェ904
026 幕末の将棋指し/天野宗歩
027 プリズナーNo.6 と ロータス7
028 新聞が読める馬/カブトシロー
029 ロータス・エランと三保敬太郎
030 カセットデッキの端正/YAMAHA K-8
031 ジャングル・パトロール/プロペラ船の痛快
032 広瀬 正/タイムマシンに乗った男
033 瀧新太郎とポルシェ・カレラ6
034 トロイメライ/メジューエワのシューマン
035 ロジ・ミッターマイヤー/三冠の夢
036 スペースタワー/束の間の展望
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これまでの目次-その1
http://macransa.exblog.jp/10760575/
2010-06-06T22:19:00+09:00
2010-07-11T16:06:00+09:00
2010-06-06T22:48:17+09:00
macransa
未分類
002 ♪三田小山町
003 広川太一郎のリズム
004 相撲は大関
005 最初の椅子・スーパーレジェーラ
006 F1のブリティッシュ・グリーン/ジム・クラーク
007 二代目「桂 小南」
008 AURORA Thesi/ボールペンの粋
009 体験映画館/テアトル東京
010 アナログ時代の名演/ジェス・ステイシー
011 永遠のレティシア/ジョアンナ・シムカス
012 多目的の秀作/ウェグナーのデイベッド
013 通し切る美学/デンスケ劇場
014 マクランサ/カスタム・レーシングの美
015 スタインバーガー/エレキベースの衝撃
016 伝説のローカル局/ラジオ関東
017 SL-7の快適/コンパクト化の狭間
018 ビーチクラフト・ボナンザ/軽飛行機の爽快 ]]>
マランツCD-34/CD時代の先兵
http://macransa.exblog.jp/3471707/
2006-04-12T11:30:08+09:00
2006-04-12T11:30:08+09:00
2006-04-12T11:30:08+09:00
macransa
オーディオ
1985年に発売されたCD-34は今も根強い人気を誇る、CD普及期の草分け的存在だ。ミニコンポサイズでリモコンもなくデザインも操作性も良くない。にもかかわらず愛用者が絶えないのは「アナログに近い音」であり、奏でる音が楽しいからだろう。
59,800円。当時の入門機価格ながら、スイングアームメカ(CDM-1)・アルミダイキャストボディ・Zフィルターなど「羊の皮を被った狼」のような高音質デッキでコストパフォーマンス抜群の戦略機だったと言われている。
オーディオはすべからくアナログの時代。デジタルなんざギザギザで丸く柔らかい音は出せないに決まってる、と胡散臭く思っていたレコードファンにもこの音は「結構やるなぁ」であった。そもそもCDはノイズも回転ムラも無縁。音楽に浸る上で気になる2つを取り除いたのだから音はクリアこの上ない訳で、オーディマニアの小三治師匠はCDを聴くようになって「今まで俺は何をやっていたんだろう」とつぶやいたんだとか。
音楽を愉しめるなら裏でいくらデジタルが活躍していたって構わないが、ユーザーが遊べる部分が少ないのがチト残念ではある。それでもケーブル交換やクロック換装まで行う剛の者がいる。バージョンも何種類かあるようで、放熱フィンの数、ローデンシュトックレンズのコーティング、コンデンサーの違いなどで音が違うとも聞く。複数台所有するマニアも多く、今も彼らを楽しませ続ける名機なのだ。(それにしてもカッコはいただけませんがねぇ、ダンナ。まぁそう言うな、出来の悪い子ほど可愛いってこともあるでの)
高音質の秘密を分析した論文が載っているページは こちら]]>
日の丸飛行隊/判定の公平
http://macransa.exblog.jp/3285375/
2006-03-03T22:35:44+09:00
2006-03-03T22:35:44+09:00
2006-03-03T22:35:44+09:00
macransa
勝負
トリノのジャンプ陣は不本意な結果に終わってしまった。原田の失格は記録以上に残念だった。さぞや飛びたかったろうに。(さいでしたねぇ、原田ファンとしちゃぁ満面の笑顔を見たかったですからねぇ)
1972年、札幌オリンピックでの日の丸飛行隊の活躍は立派だった。特に笠谷のフォームは美しく見事な金メダル。この時初めて飛形点の採点基準を知り感心したものだ。各国の審判の点数の「最高点と最低点を除外する」という。これには意図的な評価を除外できそうな気がして素直に納得できた。当時はスキーをそろえて風の抵抗を減らすようなフォームが全盛の時代。笠谷は腿につけた手の平の先を少し上へ伸ばすようにして宮の森の空を滑っていった。
そもそも記録以外の部分に点数をつけること自体がとてつもなく難しいだろうと誰もが思う。体操でもボクシングでも判定に不満なことは度々あるし、フィギュア・スケートに至ってはだんだん観衆の感覚からずれていくようにも思える。(ジャネット・リンは尻餅をついても満点でしたっけねぇ、ダンナ。うむ、あれはあれで良いのじゃ、妖精じゃからの)
そもそもスポーツが公平だなんて信じてはいないが、ルールにしても少しばかり首をかしげるものはある。スピードスケートのフライング判定は気の毒だった。ショー的に過ぎるとの批判もあったスノーボード・クロスが大人気だったのもシンプルなルールだからに違いない。
「北海道デジタル図鑑」の 札幌オリンピックのページ]]>
ローゼンタールのスオミ/緩やかな時間
http://macransa.exblog.jp/3073151/
2006-01-23T17:56:41+09:00
2006-01-23T17:56:41+09:00
2006-01-23T17:56:41+09:00
macransa
デザイン
普段はマグカップばかりで薄いコーヒーをがぶ飲みしているが、たまのお客様にはちゃんとしたコーヒーカップでおもてなしをしたい。そんな時に取り出すのがスオミのホワイト。もう20年以上になるが純白の輝きは少しも変わっていない。
ローゼンタールといえばドイツの磁器メーカーだがスオミはフィンランドの意。ティモ・サルパネヴァのデザインにいくつかのデコレーションが施されたそうだが、シンプルなホワイトは彫塑的気品をたたえている。手にするとその薄さに気づく。見た目より軽い。自然と扱いが丁寧になり、それが緩やかで心地よい時間を生む。
フィンランドのフィンもハンガリーのハンもモンゴルのフン族を表すそうな。日本と同じアジア系のルーツに思いを馳せながら今夜は少し濃い目のコーヒーでもいただくとしようかの(ダンナ、また眠れなくなっちまいますぜい)
幻想世界小事典から スオミの神話・民話のページ
ティモ・サルパネヴァは こんな人]]>
最速の有人飛行機/X-15
http://macransa.exblog.jp/2831806/
2005-12-13T18:25:03+09:00
2005-12-18T22:44:58+09:00
2005-12-13T18:25:03+09:00
macransa
デザイン
男の子は乗り物が好きだ。機関車大好きな子もいるがこっちはなんといっても自動車。明けても暮れても車の夢ばかり見ていた。それでも気になる飛行機があった。 X-15 なんといっても最速らしい、音速を遥かに超えている。それに乗るなんてリアリティがないから憧れるところまではいかないもののカッコ良くて気になるノリモノだった。
ひたすら速く飛ぶためだけに作られた飛行機。ボーイングB52を改造した母機にぶら下がって空中から飛び出す。着陸は必要でも離陸はしないから後輪のタイヤもない。真っ黒なボディも超音速に耐えるための必然・・・無駄がない・・・これだけでもう十分に美しい、と信じられたものだ。
マッハという言葉もX-15と共に知った。自分の発した音を追い抜く・・・一体どんな世界なのだろう、衝撃波の後は何も聞こえないのだろうか、周りはどのくらい見えるのだろう、いっそのこと光まで追い抜いてしまったら・・・想像するだけで訳もなく興奮していた。(そうそう、ノリモノってのはみんなそこに繋がってくんじゃねぇか、なんてねぇ)
最近相次いでX-15関連のサイトが閉鎖されていくのでちょっと心配・・・
他のページも興味深い Bob Holland氏のX-15のページ
X-15の勇姿はこちら]]>
柳家小三治/十代目の自負
http://macransa.exblog.jp/2412558/
2005-10-27T16:58:53+09:00
2005-10-27T17:54:02+09:00
2005-10-27T16:58:45+09:00
macransa
芸能
落語ブームなんだそうである。ホントかなぁ。まぁお笑いタレントにも飽きたところで結構といえば結構なこと。当代の噺家で誰が一番好きかと問われれば迷わず小三治と答える。(ダンナ、別に誰も聞いちゃいませんがね)
小三治は笑わない。滅多なことでは笑顔を見せない。ガンコ親父のような五分刈りで客席をねめ回し・・・なかなか喋らない。もう「絶妙な間」を超えている。間だけで、沈黙で笑わせる。見事という他はないのだ。チラッと笑顔でも見せようものならもう客は嬉しくてしょうがない。(こればっかりはCDやテレビじゃ判りませんぜ、ダンナ。うむ、寄席に足を運ばねばのぉ)オーラなんぞと最近は言うらしいが、もう出てきただけで江戸時代あたりに引きずり込む神通力を持っているようだ。
趣味の欄に「・・落語・・」なんて書いてある。「好きなことをやっているからもう夢中です」なんて言われると凡人は恥ずかしくなっちまう。一時期はマーラーに入れ込んでいたオーディオマニアでジャズからバイク、ハチミツ、宇宙・・・もうその興味、果てしがない。
「小さん」を三語楼が継ぐことになったとき「座りがいい」と言って弟弟子をほめていた。「六代目は小三治に」の声も多かったろう。しかしそこには「十代目・小三治」の自負が感じられ、落ち着くところへ落ち着いたのだと得心がいく。名跡を継ぐ「小さん」「正蔵」共にそれぞれの芸を極めていくことだろう。そのときも十代目は目を細めながらねめ回しているに違げえねえ。
芸人紹介ページで短いPRビデオが見られる 落語協会のホームページ
宮城県えずこホール落語会の時のインタビューは こちら]]>
マニュアルのカルチャーショック/Macintosh SE/30
http://macransa.exblog.jp/2295030/
2005-10-07T17:08:59+09:00
2005-10-07T17:33:35+09:00
2005-10-07T17:08:12+09:00
macransa
デザイン
パソコンがようやく仕事で使われるようになり始めた頃、気になるマシンが発表された。Macintoshである。高価で買えないまま98シリーズを使い続け、ようやく手に入れたのが SE/30 だった。デザインはフロッグ・デザイン社により洗練されたものになっていたがコンセプトは変わらず性能は上がっていた。カラーモニターを外付けしメモリーなども増強する。(うれしくて眠るのが惜しかったでやんすねぇ、ダンナ。うむ、レース仕様のminiを手に入れたようなもんじゃったなぁ)
驚いたのはマニュアルだ。分厚いのやら薄いのやらいろいろ入ってはいたが、使い始めるまでの最短手順が示されていて他は必要になるまで読まなくて良い・・・なんて書いてあるのだ。それまでの、あれやっちゃいけない、こうすると危険・・・なんて注意書きは出てこない。すぐにも使い始めたいユーザーに「まず使ってみてね、そうすれば判るから」とも「間違えようがないように作っておいたよ」とか「多少の事は大丈夫だからね」と言っているような気がした。まさにカルチャーショックだった。
その後、代々のMacは仕事になくてはならない道具となりもっとも成果をあげてくれるマシンだったが、とにかく使うのが楽しい。OSの操作性からマウスや背面のデザインに至るまでどこをみてもあか抜けている。使いたい気持ちにさせ、それを誇らしく思える道具なんてそうはお目にかかれない。
時代は移り別のOSが世界標準になっている。(今でも使ってて腹の立つことばっかでさぁ、ダンナ。しかし仕事となればやむを得んしのぉ)これも、ナンバーワンがスタンダードになれないケースの典型。楽しみながら仕事をしていた頃を懐かしみながら、どれ今宵iPodでナツメロでも聴くとするかの(ダンナぁ、おっそろしく似合わねぇでやんす)
Macintosh のデザインを語るページ
Apple IIc からデザインを担当した frog design社のページ]]>
星影の小径/歌謡曲のクール
http://macransa.exblog.jp/2237947/
2005-09-11T23:40:16+09:00
2005-09-11T23:40:18+09:00
2005-09-11T23:40:18+09:00
macransa
音楽
ちあきなおみの「星影の小径」がいい。変に感情をこめ過ぎずサラリとマイペースのちあき版が抜群だ。原曲の小畑実版は聞いていないのだが、こんなに洒落た曲が昭和25年のものとは驚く。(最近はリバイバルものが多いんすがこういうのは大歓迎でやすねぇ、ダンナ。うむ、しかしリバイバルとは古いのぉ)
作曲の利根一郎は「星の流れに」「ミネソタの卵売り」「若いおまわりさん」・・・そして「霧氷」でレコード大賞を取る。その数、実に1200曲におよぶそうな。彼の歌は詞がすぐに口をついて出るほど自然なものが多い。
♪ほぉ~しの~な~がれ~に~みを~うらな~あって~ 「星の流れに」
♪コッコッコッコ~コケッコ~わたしはミネソタの~ 「ミネソタの卵売り」
♪も~しも~しベンチでささやくお~ふた~り~さん~ 「若いおまわりさん」
詞を大切に作曲していた時代を思い起させる。そんな中で「星影の小径」はメロディーが詞に引っ張られることなく漂うように流れてゆく。詞も寄り添うように無理がない。時代を感じさせない名曲だ。(ダンナ、今時のラップなんぞにゃアカシヤは出てきませんぜ。そういえば昔は楡だの鈴懸だの、木が良く出てきたもんじゃった)
♪しず~かに~しず~かあに~ 「星影の小径」がいっぱいのページ]]>
いつかはオルトフォン/垂涎の針先
http://macransa.exblog.jp/2122550/
2005-07-25T11:13:38+09:00
2005-07-25T11:13:34+09:00
2005-07-25T11:13:34+09:00
macransa
オーディオ
オーディオを知るようになった頃、どれもこれも舶来の高級機ばかりで手の届くものはなかった。それでも「いつかは」と憧れるブランドがあった。オルトフォンである。(あの「おはぎ」みてぇなシェルがエラソーでやしたねぇ、ダンナ。うむ、音以上にステータスを感じさせたもんじゃった)
レコードがオーディオの真髄であった時代、カートリッジは音の入口。出口のスピーカーと並んで最も重要なパーツの1つだ。磨くように大事にしていたレコードの埃をはらい、カートリッジを付け替えては違いを楽しむ。(ダンナはどうせ3曲も聴いちまえば判んなくなるでんしょ? うむむ、まぁそうじゃがの)
オルトフォンはデンマークの会社で、北欧がどんな気候なのかも知らない少年には、雪深い極北の国で世界一のカートリッジを作っていることが幻想的ですらあった。その興味は北欧全般に及びスカンジナビア・モダンへの憧れに繋がっていった。
オルトフォンは音に味付けがされていると言われる。それが芸術の域だというファンもいる。高級なカートリッジは他にもいくつか存在しそれぞれに個性があるようだが、音楽を楽しむ上でオルトフォンは今も至福の時を紡ぎ出す。
今は昔、オルトフォンの新製品の多くは日本からの要望を尊重して開発されているそうな。オルトフォンを愛する多くの日本人が今もレコード文化を支えているとすればなんとも誇らしい。(しかしダンナにDJは無理ですぜぃ)
オルトフォンの魅力とEMTの精神性を語る 情熱のオーディオのページ]]>
山下毅雄/CM曲の緊迫
http://macransa.exblog.jp/2078462/
2005-07-07T13:54:17+09:00
2005-07-07T13:54:23+09:00
2005-07-07T13:54:23+09:00
macransa
音楽
忘れられない曲がある。某コーヒーメーカーのCMで流れていた曲でタイトルは知らない。沸いたお湯がポトポトと滴る映像と弾む音、衝撃だった。なんでも音楽になるんだと。TV画面の隅に小さくクレジットされていた名は「山下毅雄」。
Venturesにも「Percolator」という曲がありコーヒーを沸かす音をコミカルに表現していたが、山下のそれとはまるでレベルが違っていた。
TV番組のテーマも多く、七人の刑事、プレイガール、クイズ・タイムショック、大岡越前・・・どれも口笛やスキャットなどでシンプルな独自の世界を展開していた。それゆえか心に深く残る。シンプルなものほどインパクトは強く、創り出すのは難しい。(あっしは、大人のマンガだった頃のルパン3世のテーマもシブかったと思いやすがねぇ)
山下毅雄の曲は陰影の濃いものほど魅力に満ちているが、何故か強い緊迫感を感じるものもある。あのCM曲でさえ不思議な緊張感があった。もう一度聴いてみたいものだが(全部で7000曲を軽く超えるらしいですぜ、ダンナ。うむ、無理かのう)
「YAMATAKE」の情報もある次男・透氏のサイト
Romantic Techno Music のページ
長男・泉氏のサイトは こちら
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原田泰夫/将棋界の背筋
http://macransa.exblog.jp/2030463/
2005-06-19T11:47:12+09:00
2005-06-19T11:47:33+09:00
2005-06-19T11:47:33+09:00
macransa
勝負
将棋番組を観るようになった頃、時折にこやかな老紳士が和服で解説をしていた。言葉がはっきりしていて判りやすかったが、なにより姿勢が良い。背筋がシャンとしていて力みがない。ワッハッハと笑い飛ばすような中に思いやりを感じさせてくれる日本人だった。
一流棋士を評し「さわやか流」「自在流」「火の玉流」などと例えてみせた。真剣勝負から生まれる棋風をたった一言で言ってのけるのだからスゴイ! プロ棋士が随分身近に感じられたものだ。一語一語を丁寧に話しながらよどみがなく暖かい。(将棋はわかんねぇけどファンでしたねぇ、ダンナ。うむ、番組表に名前を見つけると嬉しかったものじゃよ)
自分のことを「原田」と言って違和感がない。これは若造には真似ができない。実績を残したものだけが許される自負の表れだろう。「光速流」と呼んだ谷川九段の礼儀作法を誉め「ノブレス・オブリージュを具現していますよ」とも言っていた。勝てば良いという将棋ではなく、礼儀を重んじる日本の心に誇りを感じさせる「原田九段」だった。
書や俳句でも大家だった 原田泰夫のインタビュー記事がこちらに]]>
マツダ・キャロル360/ミニなリムジン
http://macransa.exblog.jp/1997060/
2005-06-06T12:14:09+09:00
2005-06-06T14:22:32+09:00
2005-06-06T12:13:52+09:00
macransa
車
「軽」というカテゴリーは、税金が安い、車庫証明不要など優遇されているが、昔は軽自動車免許もあって16才から運転が許されていた。やっとゴーカートに乗れるかどうかという少年にとって軽自動車は一番近しい自動車。なんとかホンモノで走りたい、そしてレースに出たい。頑張れば手の届きそうな車の中で、キャロルは4輪独立懸架で4サイクルエンジンを積んだ本格的なもの。(手に入れたら、後部座席をはずしてステアリングを換えて、それからそれから・・・なんて夢見てやしたねぇ)
既にスバル360は最初のファミリーカーとして評価が高く、ビートルに似た愛嬌のあるボディと共に経済性でも人気があった。そこへ登場したキャロルは、水冷エンジンで4ドアの、まるで最小のリムジンのよう。クリフカットと呼ばれるリアウインドウの形状はインパクトがあり、性能だけでなくデザインも個性的。家族4人で乗り込み、三角窓をいっぱいに開けて夕涼みに走り回る・・・まだエアコンのない時代だった。
軽免許が1968年に廃止された。(ショックでしたねぇ、あと数ヶ月で堂々と車に乗れるはずだったのに、と思うと今でも落ち込みやんすよ、ダンナ。まぁレーサーにはなれんでも車の仕事をしてたやも知れんなぁ)
1972年には車検も義務化、コニーもホープも軽から撤退して行った。実質的に「軽」はなくなり、少年の車への夢が急に後ずさりしたようだった。
とにかく車で走りたかったあの頃、走るだけで楽しかった。今の楽な自動車では到底味わえない喜びを思い出してみたいものだ。
パーツリストからペーパークラフトまである キャロルのページ
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