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昔の記憶に頼って書いています。もしかしたら結構間違いがあるのかも。お気づきの節は是非お知らせくださいませm(__)m
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2006年 03月 03日
トリノのジャンプ陣は不本意な結果に終わってしまった。原田の失格は記録以上に残念だった。さぞや飛びたかったろうに。(さいでしたねぇ、原田ファンとしちゃぁ満面の笑顔を見たかったですからねぇ)
1972年、札幌オリンピックでの日の丸飛行隊の活躍は立派だった。特に笠谷のフォームは美しく見事な金メダル。この時初めて飛形点の採点基準を知り感心したものだ。各国の審判の点数の「最高点と最低点を除外する」という。これには意図的な評価を除外できそうな気がして素直に納得できた。当時はスキーをそろえて風の抵抗を減らすようなフォームが全盛の時代。笠谷は腿につけた手の平の先を少し上へ伸ばすようにして宮の森の空を滑っていった。 そもそも記録以外の部分に点数をつけること自体がとてつもなく難しいだろうと誰もが思う。体操でもボクシングでも判定に不満なことは度々あるし、フィギュア・スケートに至ってはだんだん観衆の感覚からずれていくようにも思える。(ジャネット・リンは尻餅をついても満点でしたっけねぇ、ダンナ。うむ、あれはあれで良いのじゃ、妖精じゃからの) そもそもスポーツが公平だなんて信じてはいないが、ルールにしても少しばかり首をかしげるものはある。スピードスケートのフライング判定は気の毒だった。ショー的に過ぎるとの批判もあったスノーボード・クロスが大人気だったのもシンプルなルールだからに違いない。 「北海道デジタル図鑑」の 札幌オリンピックのページ
by macransa
| 2006-03-03 22:35
| 勝負
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